一人旅 千葉旅行13 誕生寺1/2 参拝
2026/01/16 1泊2日 走行230km (ページ4/10) 前のページへ
少し時間があるので周辺を散策する。吉夢に宿泊するのは4回目だが周辺を散策するのは初めて
近くにある日蓮ゆかりの誕生寺に向かってみた
仁王門
太田稲荷堂から海の眺め
利発そうで凛々しい姿
14:16 吉夢前を通る
右側は別館で少し安く泊まれる
誕生寺足湯
営業時間9:00〜16:00 無料
14:17 誕生寺総門
吉夢に宿泊は4回目だが初めての参拝
無料駐車場はなく有料駐車場を利用する。普通車600円
合掌一礼し進む
たくさんの石灯篭が並ぶ石畳の参道が続く
誕生寺は日蓮宗大本山の仏教寺院。山号は小湊山。鎌倉時代の1276年10月、日蓮の弟子日家が日蓮の生家跡に高光山日蓮誕生寺として建立した
日蓮は鎌倉時代の仏教僧であり、日蓮宗の開祖として知られ、法華経を中心に教えを広め、国家の安寧を求める活動を行った
日蓮聖人誕生の三つの不思議 の案内板
誕生水 蓮華 鯛
1222年2月16日、日蓮聖人誕生のとき、庭の片隅に清水が湧き出しこれを産湯に使い、浜辺には青い蓮華が咲き誇り、海辺では、本来深海にすむ回遊魚で群れをなさない鯛が、大小無数群れになって現れ、日蓮聖人の誕生をお祝いした
これらの不思議が「誕生水」「蓮華ヶ淵」「鯛の浦(妙の浦)」として800年を経た現在も当地に残されており、日蓮聖人誕生の「三奇瑞(さんきずい)」と伝承される
誕生水井戸
誕生堂
40段の石段を上ると、弘法大師像が御本尊として祀られている
1706年建立。1991年大改修。間口8間。宝暦年間の大火の際焼け残った当山最古の建造物。両側の仁王尊は上総の仏師松崎右京大夫法橋作。楼上の般若の面は左甚五郎作と伝えられる。(千葉県指定文化財)
誕生寺案内図
誕生寺略縁起
石灯篭が並ぶ石畳の参道が続く
鐘楼
参道左に鯛塚・太田稲荷堂にへの道があり行ってみる
鯛塚
「鯛」をお祀りする。日蓮聖人の化身とも言い伝えられる鯛の浦(妙の浦)の真鯛は、小湊地区では食べる人はいなく、漁で誤って鯛が上がってしまったときには、火葬し鯛塚に埋葬している。毎月6日に鯛塚供養が行われている。地元の人は鯛の浦(妙の浦)以外で穫れた真鯛は食べるそうだ
14:22 太田稲荷堂へは鯛塚左の小道を登っていく
探検気分でなんかワクワクする小道
太田稲荷堂が見えてきた
結構落差のある崖の上に建っている
太田稲荷堂
1863年建立。江戸城を初めて築いた太田道灌の曽孫、太田康資が太田家の守護神としていた太田稲荷大明神を祀る
第二次国府台合戦(里見氏・太田氏 対 北条氏)で敗れ鴨川市小湊に逃れた太田康資は誕生寺に隠遁。漁民同士の争いを調停し、荒廃していた鯛の浦を再興するなどして村人から信頼を寄せられていたが、北条方の追手が村に迫ると、康資は村人に害の及ぶことを案じて切腹したという伝説が残る
向拝には、三代伊八が制作した龍が飾られる
龍の裏面には大小の魚が波間に泳ぐ様子が彫られ、寺社の彫物に魚のモチーフを用いるのは珍しい
狛狐
お稲荷さんは「自然霊」のイメージがあり、昔から苦手なので参拝はあまりしない。自然霊とは人霊とは違い、狐・狸・狼・龍・白蛇・天狗など、この世に肉体を持って姿を現したことのない純粋なエネルギー体。自然霊には、神と呼ぶのがふさわしいような高級自然霊から、人間を惑わすばかりの低級な自然霊まで、その格は様々で、低級の自然霊は人に憑依をして悪さをすることもあるらしい。人霊とは異なり、人間になった事が無いので感情というものが無く、情けに訴えることができない。お参りしてお願い事をして願いが叶ってもお礼参りに来ないと祟られる事があると、江原啓之氏の「人はなぜ生まれいかにいきるのか」の書籍に書いてあった様な気がして、怖くていつもお稲荷さんは避けてしまう・・・
もう一度読み返したいが、10数年前に人生に悩んでいる同僚に貸してあげたらそのまま借りパクされてしまい、返してとはずっと言えなかった・・・。当時ヤフオクで150円で購入
「人はなぜ生まれいかにいきるのか」を読むと、なぜ人は生まれてくるのか なぜ生きているのか なぜ出逢い別れがあるのか なぜ色んな性格の人間がいるのか なぜ身近に嫌いな人がいるのか 人間の死期の謎 死後の世界 正負の法則 偶然は無い 等わかり、人生に悩んだ時に読むと、気が楽になり、死の恐れも無くなり生きるのがとても楽になる。自殺をしては絶対いけない事もわかる。霊界など信じていなくてもとても面白い本でお勧め
15年ほど前に、車のタイヤにビスを打たれパンクさせられ、賃貸駐車場料金二ヶ月分払っているのに未払いの請求、突然の賃貸駐車場閉鎖で追い出される、謎の胸痛で病院をたらい回しになり10万円の医療費、片目の視界が真っ白になり目に注射を打ったりしての恐怖の治療(現在も瞳孔が動かない)、肺結核になり肺に水が半分たまり入院、東日本大震災で被災し自宅の屋根瓦が崩壊して落下し屋根に上って命がけのかたずけ(当時結核検査待ちで熱は39℃あった)、家を新築して建て直し完成した一週間後に隣の隣の家が火事で全焼(家から逃げ出す時に金になるものとなぜかプレステ2のゲームをたくさん持って逃げた。事前準備が大事)、と不幸が立て続けに続いていた時に読んで楽になった
たぶん人はあまりこなそうでデートの穴場スポット
14:26 参道に戻る
日蓮聖人御幼像
この銅像は日蓮が善日麿と称していた12歳の折修行出家の為清澄山に登られた時の姿
1935年に造立
第二次世界大戦の激化によって、多くの金属製品と一緒にこの御幼像も戦時供出されたが、戦後、一人の篤信者が東京の両国駅で電車の窓から構内に置かれていた多くの戦時供出品をながめていた時に偶然発見され、1946年8月に誕生時に奇跡的に戻った。左手は欠いていたがほぼ無傷で発見され、欠いた左手は修復された。姿だったが第二次世界大戦で16回以上の主要な作戦に参加し大きな損傷を受ける事なく終戦を迎えた幸運艦の駆逐艦雪風みたい


