一人旅 群馬旅行7 金山城跡5/7 大手虎口1/2
2022/7/20 2泊3日 走行480km (ページ5/18 1~7金山城跡 8やんば見放台 9~15万座ホテルジュラク 16幻のキャベツ 17~18中之嶽神社) 前のページへ
大手虎口入口の左右には上段曲輪・中段曲輪・下段曲輪があり攻め手は絶望しそうだ。
金山城跡にも数多くの虎口があり、なかでもこの大手虎口は一大防御拠点として、また「城の格」を示す象徴的な場所として最も重要な虎口だった。大手虎口は谷地形を利用して築かれ、月ノ池脇から正面土塁までの大規模な「構え」となっていた。月ノ池脇の門から続く緩やかに曲げた大手通路、それを守るため見下ろすように両側に配した壇状曲輪とそこを守り場とした兵たちの各種建物、大手通路の行く手をふさぐように築かれた壇状の土塁などがあった。このような大規模で複雑な虎口の構造は全国的にも特徴的であり「難攻不落」を誇った金山城を象徴する場所の一つと言える。
通路脇や曲輪内を走る石組み水路は城の維持のために効果的に排水を行う往時の工夫であった。
大手虎口の入口。中央通路は緩やかな曲がり道になっていて、先が見通せない造りで攻め手を不安にさせ、両側には高い石垣がありで上から容赦なく攻撃される。
石階段は当時のまま残されている。
大手虎口北下段曲輪の案内板。大手虎口は、水が集まりやすい谷に立地していて、わずかな雨でもすぐに水が集まり、それが圧力となって石垣などの城の施設を崩してしまう危険性があった。大手虎口の曲輪や斜面で見つかった石組み排水路や溝はこうした水害の元となる水を城の外部へ流すための施設だった。大手虎口北下段曲輪は曲輪面に段差および中央通路の方向への傾斜が見られ曲輪面がぬからない工夫がされている。大手虎口では谷地形を利用した効率的な排水施設を見る事が出来る。
大手虎口北下段曲輪。傾斜になっていて中央通路に水が流れやすい地形になっている。
岩盤を人工的に削り傾斜を作っている。
北側には中段曲輪・上段曲輪・三ノ丸と曲輪が続き堅固な造り。三ノ丸下には高い石垣が築かれている。
三ノ丸下の石垣は二段構造になっていて下段の石垣は犬走りになっていて兵士の移動に使われていたそうだ。中央には石階段がある。
南曲輪からの大手虎口北曲輪。
大手虎口北下段曲輪からの中央通路。上から敵兵を有利に攻撃できそう。奥は大手虎口南の下段・上段・南曲輪。
中央通路に戻る。
大手虎口北曲輪下段の石組み排水路。集まった水が中央通路に流れる。
中央通路右側(南側)にある大手虎口南下段曲輪。
大手虎口南曲輪下段の石組み排水路。こちらは山側に面していないのでコンパクトな造り。
大手虎口南下段曲輪。平地で結構広い。
大手虎口南下段・上段曲輪。さらに上が南曲輪。
中央通路の先は正面土塁石垣があり道が左右に分かれる。
正面土塁石垣は二段構造になっていて犬走りみたいな通路があった。
正面土塁石垣。
右に曲がると南曲輪・本丸方面へ行ける。
左(北通路)に曲がってみた。
真っすぐ進むと案内板があった。
土塁石垣の案内板。正面土塁を左に曲がると登り道になり案内板があった。関東地方の中世戦国期城郭では、土手のように土で築く土塁がほとんどだが金山城の土塁は石垣で造られているのが特徴。
三ノ丸から壇状に伸びた檀状土塁石垣は大手通路までせまり、その裏側に北側へ折れ曲がった通路を形作っている。
石垣改修の露出展示。5回も石垣の改修工事を行っている跡が見られる。
壇状土塁石垣。上が三ノ丸。
北通路を進むと正面土塁石垣の裏側や日ノ池に出る。三ノ丸への道が続いていたが道が封鎖されていて三ノ丸は私有地なのかもしれない。
檀状土塁石垣からの中央通路と大手虎口南下段・上段曲輪。
檀状土塁石垣からの大手虎口北下段・中段・上段曲輪。
大手虎口南上段曲輪からの壇状土塁石垣。
中央通路に戻り、大手虎口南上段曲輪に向かった。
正面土塁石垣からの中央通路。緩やかに道が曲がっている。中ほどは少しだけ道幅が狭く作られていて、遠近法で実際の距離よりも長く見せるしかけになっている。